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ジャニーズ事務所社長のジャニー喜多川氏死去、芸能界は激変するか!?

 
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こんにちは、さんちゃんです。

 

男性アイドル・タレントを数多く輩出してきたジャニーズ事務所の創業者で芸能界の巨頭、いわずとしてたジャニー喜多川社長(本名:喜多川 擴(きたがわ ひろむ))さんが7月9日に亡くなりました。

87歳でした。

 

芸能界の一大勢力・ジャニーズ事務所の創業者、ジャニー喜多川氏とは

先日、入院されたというニュースが報道されて以降、ご高齢ということもあり心配されていましたが、9日に帰らぬ人となりました。

 

すでにNHKをはじめテレビ局各社がニュース速報をおこない特集番組を組まれています。また、海外でもBBCやBillboardでも報道されるなど世界的な関心の高さが伺えます。

 

またジャニーズ事務所所属タレントが続々と追悼メッセージをあげていますし、黒柳徹子さんなど芸能界の重鎮からも追悼メッセージ発表されるなど、ジャニー氏の死去はひとつの時代が終わったことを予感させる出来事となりました。

 

ジャニー氏の経歴などすでに多くの番組で報道されていますので、詳しくはそちらを参考にしていただくとして、特筆すべき功績として考えられるのはやはり次の3点でしょうか。

 

1.男性タレントのアイドル化を定着させたこと

2.アイドルからタレントへと活動の幅を広げテレビを席巻したこと

3.独自のブランディング戦略を貫いたこと

 

男性タレントのアイドル化

アイドルというとどちらかといえば女性を思い浮かべる人が多いと思います。

 

ジャニーズ以前では、ほとんどが女性個人または女性グループがアイドルとして人気を博していました。

そこに、男性グループや男性個人を「アイドル」(偶像)として売り出すことに成功したのがジャニー喜多川氏率いるジャニーズ事務所でした。

一発屋的に有名になった男性アイドルは存在しても、継続して複数のアイドルを世の中に送り出し続けたのはジャニーズ事務所くらいではないでしょうか。

 

80年代から90年代には毎週のようにテレビの裏番組に登場し、コンサートやCD(コンパクトディスク)、グッズ売上など巨額の富を形成しました。その資金で次世代を担う若者(小学生くらいの子どもが中心)を多数ジャニーズJr.として育成し、そこからアイドルグループを多数輩出しました。

 

アイドルからタレントへと活動の幅を広げテレビを席巻したこと

おそらくアイドルからタレントとして活動の幅を広げた最も有名なグループは「SMAP」だと思われます。

 

それまでの代表的グループですと、ローラースケートを履いて歌う「光GENJI」があります。
さきほど書いたように、毎週のように歌番組に出演し、その楽曲は売れに売れCDセールスで年間1位を記録、ローラスケートが大人気となる小中学校などでローラースケート部なる部活が新しくできるなど社会現象となりました。

しかし、その活動範囲は主に歌手活動でありテレビやコンサートを中心に活躍していました。

 

そのあとにSMAPが、当初色物的な扱いを受けることもあるなどバラエティ番組でも活躍できるジャニーズタレントとして登場しました。

 

楽曲の良さはもちろんですが、舞台や映画、テレビドラマなどで活躍する俳優、テレビ番組の司会などマルチに活動の舞台を広げることでアイドルからタレントとしての地位を確立しました。

現在では嵐が同じようなかたちでメンバーそれぞれの活動をおこないながらグループとしての活動もおこなっています。

 

単純に歌って踊れるアイドル、ルックスがかっこいいだけのアイドルでは長続きしない人気も、アイドル活動を軸に置きながらも多様な舞台で活躍できるようにテレビ番組のあらゆるポジションに進出していく先見の明があったのだと思います。

 

独自のブランディング戦略

さきほど紹介した嵐やV6などをはじめ、そのあとに続くグループがバレーボールの世界選手権会場でデビュー曲を披露するといったブランディングもおこなわれました。

 

デビュー直後のグループのお披露目、サッカーや野球などと比較すると競技人口やファン人口が少ないバレーボールとのwin-winの関係が構築されていました。

また、バレーボールに限らず、サッカー、野球などスポーツ番組への進出も成功させています。

元SMAPの中居正広さんはプロ野球読売巨人軍の大ファンで知られていますし、香取慎吾さんがサッカー日本代表の試合を中継すると日本代表は無敗といったジンクスもつくられました。

 

またインターネット隆盛の時代において、顔写真を媒体に載せないという一風変わったブランディング戦略も用いていました。

顔写真が広く掲載される方がファン層を獲得できるようにも思うのですが、「アイドル」として日常的な表情をベールに包む方がスター性を維持できるとよりメリットが大きいと考えられたのかもしれません。

 

結果として、他に例をみない唯一にして多数の男性アイドル・タレントを抱える「ジャニーズ帝国」を創りあげました。

 

スキャンダラスなエピソードもありましたが、ジャニー喜多川氏が不世出の大物であったことは間違いありません。
謹んでご冥福をお祈り申し上げます。

 

ジャニー氏亡き後の芸能界はどうなる!?

現在放送されているテレビ番組においてジャニーズ事務所のタレントが出ていない日はないでしょう。

そのくらいジャニーズ事務所はテレビ業界を席巻しているといえます。

そこにジャニー喜多川氏の力が働いていたことは間違いありません。

テレビ局や他の芸能事務所からしてもジャニー喜多川氏の存在は大きなものがあったはずです。

 

もちろんジャニー氏が亡くなったといっても姉で副社長のメリー喜多川氏は健在ですし、次期社長と言われているメリー副社長の娘で本人の副社長を務める藤島 ジュリー景子氏もいますので、いきなりジャニーズ事務所が影響力を失うとは思いません。

それでも、ジャニー氏が健在であったときとまったく同じというわけにはいかないでしょう。

 

これからのジャニーズ事務所をけん引していくであろうジュリー景子氏の手腕に注目が集まります。

 

それにしても令和元年にジャニー喜多川氏が亡くなるというのはひとつの時代の終わりと新しい時代の始まりを予感させるものとなりました。

 

 

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